« 6月24日 21時出発。 | トップページ | 7月9日のお店 »

2011年6月30日 (木)

普通の生活。

24日に出発した宮城県石巻市への炊き出し。

25、26日と石巻市を動き、
27日のお昼ごろ三重県亀山市に帰ってきました。

自分の目で見て、
肌で感じ、
感じたことを受け入れ、
受け入れたことをみんなに伝え、
今後の支援について、みんなで考えたいと思います。


津波、地震の被害は、
パソコン、テレビなどから流れる映像で、
ある程度は予想をしていました。

ですが予想は外れていました。
予想以上の被害です。

石巻に入り、
降り口の石巻河南より手前の、
矢本インターでおり石巻湾に接する、
東松島をまわって目的地を目指しました。
海沿いにある航空自衛隊松島基地のある場所です。

途中で何回も車を止め、
景色を見渡しました。
被災地に立ったメンバー4名は言葉もでません。

山に船があり、海に家があり、道路は流され途中でなくなっている。
Dsc_0020qq
25日 午前・午後

この日は
炊き出しはなく、物資の配達です。
被災者の方々があったら嬉しいと言っていたものを、
ピースボート、自衛隊のテントから集め、
本部に帰ってきて、
避難所ごとの人数に分けていきます。
20名・20名・30名。

マーケットに出店している
農家さんの野菜、
手作りのお菓子もこのときにみんなのもとに届きました。

Dsc_0058qq


Dsc_0046qq


P6260084qq
手前で木を持っている方が今回の窓口になってくれた「トクさん」
伊賀の愛農高校の4期卒業生の方です。たくましい方なんです。
ハンマーを握っているのは、
我らがメンバーの鉄平さん。
顔が濃いからかヒゲモジャのせいか、
避難場所の方に外人と勘違いされて話をされていました。。

26日 午前

津波の被害が特に大きかった女川町に行きました。
トクさんが現地の凄まじさをみて、
またこの現実をみんなに伝えてほしいと連れて行って下さいました。

P6260076qq


R0010740qq

高台にある病院の駐車場に連れて来てもらいました。
下のビルの屋上、そして病院の一階まで津波の水が来たそうです。
街頭、フェンスは流され、ビルはあり得ない角度でその場に残っていました。

   午後

夕方4時の炊き出しに合わせて、
もくもくと準備です。
カットした野菜、プロパンガス、鉄板などなど、
ハイエースに詰め込んでいきます。
飯野川中学に避難されている、140名分のご飯です。

P6260091qq


P6260090qq

現地に行ってみて感じた事

3、11から100日以上経っていますが、
まだまだ現地は落ち着いたとはいえません。
私は三重に帰ってきて普段の生活が始まっています。
また石巻の方々も3、11以降の普段の生活が進んでいきます。

東松島の漁師の奥さんはとてもとても心が強いです。
僕らに津波のときの話を聞かせてくれました。
みんなが力を合わせて、一歩一歩前に前に進んでいます。
決して3、11以前の漁港に戻るわけではありませんが、
どこかスイッチを入れ替えたように感じてみえました。
今の彼らの普通の普段の生活、
大変ですが明るく助け合っている姿は本当に美しい。


これから、
少し離れた三重にいながらどんなサポートが出来るか、
考えていきたいと思います。
ですが、ひとりでは何も出来ません。
これからもみなさんの力と知恵を貸して下さい。
よろしくお願いします。


7月のマーケットにて、
今回の炊き出しの写真を公開していきます。
そちらもご覧ください。Dsc_0182qq

« 6月24日 21時出発。 | トップページ | 7月9日のお店 »

被災地とのつながり」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1370061/40617960

この記事へのトラックバック一覧です: 普通の生活。:

« 6月24日 21時出発。 | トップページ | 7月9日のお店 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30